枢要ポストを歴任、総理大臣に。
1937年、東京都生まれ、大蔵官僚から政治家へ転身した橋本龍伍の長男。麻布中学高校から慶応大学へ進学。卒業後は企業に就職するが、父の急死により後継者として旧岡山2区から立候補、史上最年少の25歳で衆議院議員となります。厚生族議員としてキャリアを積み、環境庁の発足に関わり、後に、総理大臣として京都議定書にも深く関与しました。
枢要ポスト、厚生政務次官、厚生大臣、運輸大臣、大蔵大臣、通商産業大臣、副総理などを歴任し、1996年、第82代内閣総理大臣に就任。行政と構造の改革を目指し、いくつもの政策を打ち出したが、結果として金融不安を招き、辞任。
辞任後は、小渕内閣で外交最高顧問、森内閣では行政改革大臣・沖縄開発庁長官、北方対策担当大臣なども努めました。国連では、「水と衛生に関する諮問委員会」議長に就任するなどしましたが、当選14回、数々の実績を残し、2005年に政界を引退しました。翌年、国立国際医療センター、これからの活動が期待される中、享年68歳で亡くなりました。